悩み

「不登校は甘えなのか?」ということを実体験ベースでお伝えする記事

不登校は甘えなのか問題

「不登校は甘えなの?」
「それとも現実的に仕方がないことなの?」

などなど、かなり物議が激しい問題について、ぼく自身が不登校だったことをベースに主観で語らせていただく記事になります。

不登校のお子さんを持つ親御さんが、不登校に対して改めて考えて、そしてどういう行動が最も良いであろうかを決めることに役立てば幸いです。

病気以外の場合は甘えの側面が強い

あくまでぼく個人の経験から思うことなのですが、病気以外(精神病や発達障害、学習障害)の場合は、お子さんの甘えの部分が多少強いと思います。

というのも、病気以外の場合、学校にいけない理由というのは、つぶしていけば必ずなくなるからです。

例えば、病気以外で学校にいけない理由として、過度ないじめが挙げられます。

ぼくもいじめられて不登校になりましたが、正直、

  • 転校を無理やりさせる(本人の意思は無視)
  • 海外に留学させる(本人の意思は無視)

といったことをすれば、その学校でいじめられているにすぎないので、解決できるはずです。

お子さんが死にたくなってしまうほどに学校でいじめられてつらい思いをしたとしても、本人の意思は無視して環境さえ変えてしまえば、学校にいけない理由というのはなくなってしまいます。(もちろん精神病にまでいってないことが前提です)

甘えて逃げまくった

ぼくは中2から不登校になったのですが、親から、個別塾に入れてもらったり転校の話をされたりしたことがありました。

でも、短期的に楽なほう(ゲーム)へと逃げて、できるだけ学校に行くことを避けていました。

これはぼくの事例ですが、甘え(自分にとって短期的な利益を追求し、中長期的な利益を見ない現実逃避)としか言いようがありません。

特に病気の状態ではなかったので、他の環境に親が無理やりぶちこんでしまえば、やるしかないからです。

その他の原因の場合も大体同様

  • 勉強をする意味が分からない
  • 学校へ行く意味が分からない
  • 無気力

などといったお子さんの場合も同じで、転校するなり、寮に入れてしまうなり、海外に留学させてしまうなり、同様に対策ができてしまいます。

短期的にはつらい決断かもしれませんが、こういった環境の変化を与えてしまえば、甘えられなくして自分自身の足で歩んでいくしかないという決断も可能です。

極端な話、、、何もしないで家でゲームをしていたら明日殺されてしまうなら、人ってやっぱり動くんですよね。。。

甘やかすのはダメなのか?という問題について

ここまで、「不登校は子供自身の甘えだ!親が甘やかしてる!環境を無理やり変えれば勝手に変わる!」という主張を少しさせていただきました。

そして一般的にも、甘えと言われることが多く、そして、甘え=ダメだと言われています。

「じゃあ甘えというのはダメなのか?」というところに立ち返る必要があります。

ぼくは、甘えがあっても最終的に自立ができれば良い派です。ただ、自立を目指す過程の中で厳しさも必要ではあります。

なぜ甘えがダメなのか

甘えがダメな理由はシンプルです。

甘え(短期的に楽なほうへの逃避活動)と定義すると、甘えている期間が長くなれば長くなるほどに、資本主義という社会の中で生きにくくなります。

資本主義は目には見えなくても、競争社会です。

不登校という状態が長引けば長引くほどに、現実的に、他者評価的に、実利益的に、お金的に、どうしてもお子さん自身に不利益が生じてしまいます。

頑張ること=良い
甘えて逃げること=悪い

といったような精神面な一般論ではなくて、もっと物質的な、目に見える部分でどうしても不利になってしまいます。

正確には『ダメ』というよりかは、自分自身がツライ思いをすることになるという表現が適切ですね。

ただ、最終的にお子さんが自立ができればなんでもいい

学校に行くことで、人間関係の構築の仕方を学び、他者との関わりの中で自分を見つけて、学歴を手にして就職の幅を広げて、つらいことを乗り越える精神を身に着けて、世の中の理不尽を知り、自分で生活(自立)するための精神を身に着ける、ということが学校へいく目的だと思います。

でも、これらの学校で学べる要素というのは、なにも学校だけで学べるものでもありません。

学校へいくこと=良い
学校へいかないこと=悪い

と世間的な評価で決めつけてしまうのは、親御さんもお子さんも生きにくくなってしまうだけです。

自立というある意味で子育てのゴールのようなところを目指すには、何も学校へ行くことが全てではありません。

ただ、現実的な問題として、学校へ行っているほうがある意味楽にレールが敷かれている人生を歩んでいきやすいということです。

個人的には甘えもあって良いと思ったりします

大人になってくると、できるだけ安全に、できるだけ効率良く、できるだけ安定した将来を最短で歩めるような道を子供に先回りして教えたくなると思います。

やはり年長者のほうが、子供よりも長く生きているので、絶対に無駄なことやある程度上手くい方法というのは分かっているからです。

そしてそういった短期的には多少苦しいかもしれないことを子供にさせて、無駄をできるだけ省いてあげて、子供を将来困らせないこと(精神的・金銭的)が親の務めだと思う方も少なくはないようです。

ただ、ぼく自身が思うのは、ある意味でそういった遠回りや効率が多少悪い生き方、失敗して後悔することも、また1つ人生の歩み方なのかなとも思えます。

短期的に楽なほうへ行ってしまうと、後々リカバリーすることが大変になるのは世の常だという現実はあるので、どちらが良いのかは分かりません。

でも、お子さんが社会と関わっていく中で、「あれ?これ本当にやばくね?」と真に心から思った時、本当に自ら主体的に行動を始めるはずです。

逆に「ヤバイ」と思って何もせずに逃げてしまう場合は、それはもうその子の生き方の1つになります。

学校に行っている子供みんながみんな主体的な心を持っているかというと、そんなことは決してありませんし、確実に上手くいく方法というのは大人だって分からないものです。

甘さと厳しさのスパイス

短期的に甘やかしても最終的に自立できればいい!と書いたのですが、、、

主張が変わりますが、甘やかしているだけというのも、また問題です。

美味しいものを食べさせまくっていたら肥満になってしまうのと同じように、甘やかし続けると、将来的に自立できない人間になってしまいます。

『何か問題が発生すれば親が解決してくれる』ということをお子さんが、意識的ではなく、無意識的に思ってしまっていると、将来待ち構えているのはお子さんにとって厳しすぎる現実です。

こういった加減がきっと子育てで難しいところだと思うのですが、甘やかしていると分かりつつも、厳しさ(環境が変わるキッカケ)を提供できると良いのかなと思います。

子供の意思は無視して、いきなり厳しい環境にぶちこむ選択をする親御さんもいますので、この部分は本当に親御さん自身の考え方に左右されます。

今までどうだったかよりもこれから次第

「不登校はほぼ甘え!」
「でも甘えでも良い気もする・・・」

といった主張を書いてきましたが、甘えうんぬんを抜きにして、現実を踏まえてどういう行動をするかが重要です。

とんでもなくありきたりであり現実なのですが、やはり何もかもこれから次第です。

不登校であったとしても、この先お子さんが不登校から何かしらの方法で社会と関わりを持ったとしても、結局そこから本人がどうするかが全てです。

親御さんも同様で、不登校のお子さんがいるから後ろ向きになってしまうのか、それともできるだけやれることをやって前向きに行動して生きるか、という2つの道しか人生には用意されていません。

過去の経歴は関係ないという悲しみと嬉しみ

ぼくはまだこの記事を書いている時点(2019)で23歳の若造なのですが、過去の経歴って正直あまり関係ないなと最近思います。

中学不登校⇒定時制高校⇒早稲田大学を受験した時も、ただスタート地点がプラスマイナスの計算や英語を本当に0から勉強を開始したということにすぎませんでした。

少し適応するのに時間がかかっただけで、今までの経歴は全く関係なかったです。

そして早稲田大学に入ってからは、もうこれで余裕!と思いきや、今度は逆にクズになりました。

「やりたいことが分からない」
「毎日がツマラナイ」
「生きてる意味が分からない」

と日々愚痴って、周りの人にも良い影響を与えず、自分も堕落していく日々になりました。

学校の単位もボロカスに落としましたし、プライドも高くて、しかも周りの人に思いやりを持つことすらできていませんでした。ただのクズでした。

ぼくのちっぽけな人生ではありますが、これらの事例は良くも悪くも、『今の状態というのが過程にすぎない』ことを示せていると思います。

不登校というのもただの過程にすぎず、永遠に不登校が続くわけではありません。

そして何かで多少結果を出せた人も、それが永遠に続くわけではありません。

今までがダメダメでも、ダメな状態がずっと続くわけではありません。

今はすぐに過去となっていきます。

だからこそ、これからどうしていくのかが本当に全てなのではないかなとぼくは本当に思います。

今までダメだったらからこの先もダメ。

逆に今まで良かったからこの先も良い。

なんてことはやっぱりありえないですし、必ずしも直結はしません。

そして、ダメだったという過去は、反省して改善できれば、必ず人に大きな成長を与えてくれるものだとぼくは信じています。

そういった人生経験もあるので、、、こう、、、甘え(資本主義における失敗のようなもの)も、また必要なのかなとかいろいろと思ってしまいますね。。。

ただどんな状態だとしても、あまり後ろ向きにならずに、振り向きたくなることもあるかもしれませんが、前向きに生きるほうがお子さんにとっても、親御さんにとっても、必ずよいとぼくは思います。

まとめ

正解がない問題なので、かなり曖昧な記事になってしましましたが、お伝えしたいことは以下3行です。

  1. 不登校は病気以外はほぼ甘え
  2. ただ甘え=確実にダメとも定義できない
  3. 親御さんがどうすべきか決断して前向きになるのが重要

といった内容でした。

このサイト全般で言えることなのですが、ぼく、少し生意気ですよね。スミマセン。。。

「不登校は甘えだ!無理やり環境を変えるわ!」も良いと思いますし、
「学校に行かなくても良い。人生遠回りもある」も良いと思いますし、
「キッカケがあれば子供に提供しよう。」も良いと思いますし、

親御さんによって、いろいろな不登校のお子さんへの解決策があって良いと思います。

ただ、現実を受け入れずに、停滞してしまうような状態は、やっぱり幸福感という精神的な意味でも現実的な意味でもあまり良いことではないように思えます。

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